| その10 「私の国、私の家と庭」
この6月ほどクレイジーだった月は無い。団体展に出品すると決めたのはいいが、人形を最初から最後まで
通しで作るのは、とにかくはじめての試みだったからである。時間配分もしてはみたが、実際に手を動かしは
じめると、作業は滞るのが、世の常である。予測だにしなかった事態が、次から次へと発生するのも、又然
り。窓から見える庭の草は、一雨ごとにその高さを増していき、一ヶ月の間に、庭は、草原へと変貌しつつ
あった。
だが、久しぶりの制作は楽しかった。決して楽ではなかったが、楽しかったのである。そこは、私だけの国
で、子供や妖精、小人達が棲んでいる。アトリエの机の前に座る事で、スイッチが入り、私はそこへワープす
るのだ。もっとも、住民はまだ少ない。ヘッポコ創造主は手が遅いし、時々コドモがそばにやってきて、少数
点のついた割り算の答え合わせをしてくれなどというアクシデントも起こるからね。(ちなみに、その時の答
えは、ヒジョーに間違えが多く後でコドモに叱られた。)。とにかく、そんな風に一日の殆どを私は自分の国
で過ごした。
ところが、何とか期限にも間に合い、出品を果たした後で、ハタと困った。ものすごい虚脱感に襲われたので
ある。見なれたはずの現実世界には、ドライアイスをたいたようなモヤのようなものが漂っていて、まるで現
実味が感じられず、むしろ少し前まで身を置いていた我が国の方が、身近に感じられた。作品展が終わった
ら、するつもりにしていた庭の草取りも、家の清掃も、全くする気になれなかった。が、その間にも、庭の雑
草は伸びに伸び、部屋のコーナーにはすべからく綿ホコリが降り積もり、勤勉な蜘蛛は、キッチンの窓際で着
実にその領土を広げつつあった。
結局、私が、所謂日常生活に復帰したのは、7月も半ばを過ぎてからであった。その位遠くへ旅をした、だか
らバーンアウトしたのだ。今はそう思う。もう一つの敗因は、全力疾走というハイペースだった事だろう。私
は、ランナーで言えば、長距離走者であり、決して短距離走向きではない。いずれにせよ、無理をしたツケは
しっかり回って来た。庭は、もはや草原を通り過ぎ、無法地帯と化していて、手の施し様が無いように、私に
は感じられた。
だから、最近の私は、一日の半分を我が国で、もう半分を私の家と庭で過ごすようにしている。当然、私の国
の住民達の顕現は遅れるが、そのくらいが、自分にとってもコドモにとっても、ちょうど良いペースのように
思われるからだ。少数点つき割算の答え合わせも出来るし。庭では、ギシギシがこう囁いているに違いない。
「チッ!もう少しアトリエに籠っててくれりゃあ、おいら達、種を沢山飛ばせたのに!」と。「てめえら、首
を洗って待ってろよ〜!明日鎌を研いでやっつけに行くかんね〜!」ああ、やっぱり私の性格って、あまりよ
ろしくないようで。
|